通り名からも判るように、この通りは浄土宗総本山知恩院へと続く門前通りで、西は川端通りから東は東大路まで全長約500メートルあります。この僅か500m間に美術商、古美術商が20数件が立ち並ぶ事から祇園(京)の美術ストリートとなっております。
縄手通りからの入口
新門前が古美術の町として登場するのは明治中頃。当時、外国人宿泊客の多い円山の「佐阿弥(さあみ)」や蹴上の「都ホテル」が近隣にあった事から、ちょうどその中間の新門前が彼らの散策通となっておりました。この外国人に目をつけた骨董の貿易商達が、こ ぞって新門前に進出してきたそうです。
日露戦争の頃には、妙法院、智積院がロシア軍の捕虜達の収容所となっておりました。 彼らはなんと自由行動を許されており、お金も持っていたので、新門前に来ては骨董を買っていったそうです。
そういった歴史があり新門前は外国人観光客に人気の通りとなっていったので、古美術商の丁稚も番頭も英会話の修行が必須。 中には2、3カ国語を話す猛者もおられました。 新門前に訪れた海外の有名人には、英国王室のコンノート殿下、世紀の恋で知られるウィンザー公、大リーガーのベーブ・ルース等、 多数おられます。近年ではラルフ・ローレンやティナ・ターナーなどもおいでになられました。
美術商の2代目たち若い世代が音頭を取って作ったのが、「だるま」マークでおなじみの「新門前ショップリーグ」。 シンモンゼンのイメージアップをはかるため海外向けにパンフレットを制作したり、海外研修など熱心な活動が功を奏し、外国人観光客からは 「ダルマストリート」と呼ばれ親しまれております。
→このコーナーの制作にあたり、新門前の古美術商「稚松軒今井」様に全面的にご協力頂きました。 ありがとうございます。
稚松軒今井ホームページ ▼
http://homepage2.nifty.com/chishoken/