さて、今日は「仕込みはん」のお話どす。仕込みはんちゅうたら舞妓ちゃんになるための修業期間中の子のことなんどす。昔はおちょぼはん、て呼ばれとりました。去年の秋、京のある花街で3人いっぺんに舞妓ちゃんが店出ししはりました。これだけでも充分珍しいことどすけど、この3人ともインターネットでお茶屋はんのHPを見て応募してきやはったんやそうどす。時代は変わるもんどすなぁ。これからはこういった手段で舞妓ちゃんになる人が増えてくるんかも知れまへん。
今までは「舞妓ちゃんになりたい」て思うたときは、一番てっとり早いのは、知りあいに花街へ通うてる人がいはったらその人に頼んで屋形(置屋はんのことを京ではこう呼びます)を紹介して貰うことどす。けどそういったツテがおへんときには、直接花街の組合などに相談したら適当な置屋はんを紹介して貰えるんどす。けど、これやとどんな屋形を紹介されるかは分からしまへん。誰それはんの妹になりたいとかいう希望があんのやったら、それなりに自分で情報収集をして、行く屋形を決めた方がよろしおす。そうして屋形のお母さんとこに話が行って、ほなおいてみよかいなちゅうことになったら、「いっぺん親御さんと一緒に来とぉくれやす」ちゅうて、いわば三者面談をすんのどす。
お母はんはここで、仕込みさんの修業がどんなにつらいもんかを本人に、また「そんな厳しいとこやったらやめとき」て思わはんにゃったらどうかお引き取り下さい、て親御はんには説明しやはります。途中で辞められたりしたら、世間体もおますし、それまでの投資が無駄になりますさかいに。それでも結構、頑張りますて本人が云うて、親御はんもそれやったらあんじょうお頼申します、と話がまとまったらいよいよ置屋に住み込むことになり、ここで住込の仕込みはんとしての修業が始まるのんどす。
今では殆どの仕込みはんが、地元の中学もしくは高校を卒業してから来はります。けど、ちょっと前までは中学を京の学校へ転校して、学校へ通いながら仕込みはんをする、「学校行きさん」て呼ばれる子もいたんどす。どこが有利かと云うたら、中学卒業と同時に店出しできるとこどっしゃろか。その中学校では、仕込みの子が「先生、うちこれからお稽古ですねん」て云うたら授業中でも帰らしてくれたらしおす。
さて、仕込みはんの仕事とはどないなもんどっしゃろか。屋形によって若干違いはおすけど、仕込みさんとしてここで掃除・洗濯・使い走り・お母さん、お姉さんの手伝い・着物の着付け・行儀作法・花街ことば・お稽古ごと、おまけに屋形で飼うてる猫が行方不明になったら探しに行かんなりまへん。(笑)今まで家では掃除もしたことが無いような子が受けるカルチャーショックの大きさは想像するに難くはおへん。中にはこの仕込み期間中に逃げ出してしまう子もいてる位どっさかいに。そのような修業を、昨今では大体半年から1年続けてようやっと舞妓ちゃんになることが出来るんどす。
それに何よりも「気配りがでけるようになること」が一番大事な修業なんどす。雨が降り始めたら、お座敷に行ってはるお姉さんにコートと傘を届けんなりまへんし、お母さんが出かける用意してはったら、履物を揃えとかなあきまへん。最初のころは云われてすんのどすけど、そんなことが自然とでけるようになるころには、ことばも何とのう馴染んで来とります。で、この気配りちゅうのんが後々、舞妓ちゃんになってお座敷へ上がったときに役に立つのんどっせ。
待遇はていうと、お休みは舞妓ちゃんらとおんなじで甲部では、第二・最終日曜の月二回、後都をどりの後の5〜6日のお休み、7月頃に3〜4日の夏休み、暮れは大体28日から年明け5・6日頃までの正月休みだけどす。これだけでも厳しいことが分かりまっしゃろ。着物・食事・住まい・お稽古の月謝はすべて屋形でみますさかいに、基本的にお金は1銭もかからしまへん。お小遣いも大体5〜7万は貰えんのどす。
朝起きてから仕事をこなし、お稽古に通い、夕方にはお姉さんの支度のお手伝い、お風呂はもちろんお姉さんが帰って来て入らはってからどっさかい、寝るころはもう夜も更けとります。なんぼ若いさかい云うてもしんどい仕事には違いおへん。そんな仕込みはんの心の支えになるのんが、お姉さんもうちらとおんなじことしてきはったんやと云うこと。「お姉さんにでけてうちにでけへんことはあらへん」、ちゅうて自分自身にむち打って気張らはんのどす。それに何よりも、毎日目にするお姉さん方の艶やかな姿。「うちもはようあんな恰好で歩いてみたい、はようお座敷に出てみたい」ちゅう気持ちを胸に今日も忙しゅう働いたはります。
仕込みはんはお客の前に出ることはおへんさかいに、お座敷で彼女らと会うことはおへん。たまに町中をなんぞの用事で小走りにしてんのを見かけたら、「○△ちゃん、よう気張ってはんなぁ、けどそないに走ったらトンする(ころぶ)え」て声かけたげたり、土産に貰うたお菓子を差し入れたり、たまに内輪の宴会なんぞのとき、座敷の隅っこでお姉さん方の舞を見学させたぁげたりすんのどす。心の中で「頑張ってはよ出てきぃや」て祈りながら。そんな子がお店出しするて聞いたときは、ほんま我が事のように嬉しいもんどすえ。